明川や笹井たちのマンションがある最寄駅が、俺の最寄り駅の二つ前で有難かった。定期圏内。それから、駅から歩いて十分弱。少し古びていたがそれでもしっかりとしたマンションに彼らは住んでいるらしい。二人とも生まれた時からそのマンションだったらしく、幼い時は一緒に遊んでいたと言う。一緒に遊んでて成長した姿が全然違うのには驚きだけど。チャラくて現代高校生男子を絵に描いたような笹井と、此方もある意味現代高校生を絵に描いたような…明川。明川はどちらかと言うと、高校生クイズとかに出てそうな部類の人物だけど。
「俺んちは三階だけど、明川は四階なんだ。」
「へー。」
 笹井はそう言いながらエレベーターの四のボタンを押す。演劇部で必要なものを忘れたと言ってたので、帰りに三階を寄って帰るのだろう。エレベーターが開くと、彼は前を歩く。そして、一番端の部屋のインターフォンを押した。
 ピンポーンと音が鳴り響き、中からゴゾゴゾと音が鳴る。そして、暫くすると、ガチャリと受ける音がした。
「はい。」
 明川の声が聞こえ、笹井は言う。
「おーい、生きてるかー。」
「隆一か。」
 彼の落ち着いた声に笹井は言う。
「お前無断欠席したんだろ。上内心配してたぞ。取り敢えず開けろ。」
 その言葉に、返事はなく。扉の向こうで歩く音やらガサガサと音が聞こえ、扉の鍵が開けられる。そして、ゆっくりと玄関が開く。
「おはよう。」
 目の下の隈、少し伸びた無精髭、飛び跳ねた髪。思わず俺は眉をひそめた。笹井はうわあ、とあからさまに嫌な声を上げた。
「こんにちは、だよ。」
「今何時なんだ。」
「五時だよ。昼のな。」
「え。」
 時間感覚がなかったってか。笹井は無理矢理扉を開く。少しふらっとした彼を俺が支えて、玄関の奥に押し込む。笹井も中に入ると扉の鍵を閉めた。
「え。え。」
「いいからいっぺん中入って話そうか、この引きこもり。」
 最近斎藤と一緒に居ることが多いせいか、ここまで通るクリアな声を聞いたのは久しぶり。笹井の大きな声に明川は耳を押さえながらああと呟いた。
「やらかした。」
「お前言っとくけど二日やらかしてるからな。」
「えっ。」
 コイツが恋煩いはねえよなと思ったけど、俺の勘違いだったらしい。来てなかった五人の中で四人がそうなら、コイツもそうかと思ったけど。


 散らかしていたリビングを俺と笹井で掃除をする。まあ、荒れていたのは新学期になったくらいの大体一週間。酷かったのがここ二日ってくらいだ。洗い物と洗濯機を回したらなんとか落ち着いた。笹井は思いっきり明川を浴室へ押し込み、手慣れたように明川の部屋から服を用意する。それほど仲良くないと思っていたけど、漫画みたいな幼馴染っぷりだな。いや、部屋のつくりを知っているだけか。
 何故か家主じゃなくて、笹井に入れてもらった茶を飲みつつ俺はソファーにかける。笹井も隣にドカリと座ってお茶を飲んだ。
「手慣れてるな。」
「うちの親、家に居ないことが多いから、よくここに預けられたんだ。あと、この前夏休みの宿題写させてもらいに来たし。」
「なるほど。」
「食器の位置とかは変わってなくて驚いたけど。」
「あはは。」
 なるほど。

 シャワーを浴びて、髭も剃って、ジャージとTシャツを着た明川が出てくる。なんというか、コイツはいつもあか抜けないと思っていたけど、さっきよりかはマシだ。
「あ、お茶は。…って勝手に入れたのか。」
「お前の分も用意してやるから早く座れ。向こう。」
 笹井は勢いよく向かい側のソファーを指さす。驚いた明川にもう一度指を刺し直すと、彼はオズオズと座った。
「悪い。」
「悪いと思ってるなら、中間もよろしく。」
「俺、コーヒー。」
「悪いと思ってねーよな。」
 学校で会話している姿とかほとんど見ないしタイプが違い過ぎるから、仲良くないのかと思ったけど普通に幼馴染している。笹井に用意してもらったコーヒーを一口飲んで、明川はハアとため息をついた。そして、俺の方を見た。
「何。」
「何じゃねえよ。お前。よく生きてたな。なんで学校来なかったんだ。」
「うちの父親、今ドイツの大学に出張中なんだが、そこで数学の本買ったとかで送ってくれたんだ。」
「あーなるほど。読んでたら時間がいつの間にか過ぎてたと。」
「その通りだ。不思議だよな。」
「不思議だよな、じゃねえ。」
 明川は全力で明川だ。俺は大きくため息をついた。
「で、夏休みはなんで生徒会室来なかったんだ。」
「前半は大学の講習って言ったよな。」
「それはいいよ。後半。」
 前半は何処かの大学の高校生に向けての講習があると言っていた。その時期は田代もオープンキャンパスがあったし、他のメンバーが来ないことに余り疑問は持っていなかったんだ。来れない理由とかメールくれたし。明川は言う。
「多分メールしたよな。」
「した。連絡来なかったよな。」
「それは携帯壊したからなんだ。新しいの買ったけど、連絡帳ちょっとずつ写してて。」
「そういうのって、なんか機械ですぐにやってもらうもんじゃねえの。」
「え、そうなのか。」
「あーもういいよ。」
 携帯壊したのはわかった。それから明川は目を反らす。
「あ、いやごめん。その時期は……隆一の相手か、数学の問題かで忙しかった。」
「それ忙しいって言わないよな。あと原因お前か、笹井。」
 ソファーに置いていたクッションで隣に座る笹井の頭を殴った。痛くないだろうが、これくらいさせろ。

 明川は髪をタオルで拭く。それから下を向く。
「ごめん。本当にごめん。文化祭準備あるのに。」
「わかってるならいいんだよ。これからマジで働けよ。」
「わかった。…というか、今ここに居ていいのか。他の皆は。」
 他の皆という言葉に明川はサッと表情が暗くなる。
「岩崎とか泉とか怒ってるよな。俺アイツらに白い目で見られたら心のダメージ半端ないんだけど。あと、俺金森の嫌味も耐えられない。土下座した方がいいのかな。というか、なんで俺は生徒会のこと頭になかったかな。」

 騒ぎだした彼を見てどうにも怒れなくなる。根は真面目なのだ。好きなことに一生懸命だが、突然周りを見てあれこれでよかったのかなとか言いだす。真っ直ぐなのかなんなのかわからない。…ただ、余り周りの状況を見ていないせいか、今の生徒会の状況は全然知らないらしい。なんというか、明川らしい。
 笹井は思いっきり明川を睨みつけた。
「そんだけサボってんだからとっとと生徒会室行って怒られて来い。土下座でもなんでもして仕事しろこのバカ。」
「…隆一の癖にまともなことを言っている、だと。」
 笹井を見て絶句する彼を見て俺はハアとため息をつく。なんだ、いつも通りならそれでいい。俺はお茶を飲み干して、机の上に置いた。
「おい、明川。今から制服着て学校行くぞ。明日からとか余裕ぶっこいてられるほど生徒会は暇じゃないんだ。」
「だよな。着替えてきます。」
 そう言って、彼は自分の部屋へ向かう。

 笹井は俺のコップと自分の飲んでいたコップ、あと明川のマグカップを手に取り流し台へ持って行く。
「あ、ありがと。」
 俺がそれだけ言うと彼は大きくため息をついた。
「アイツの親が帰ってくるまで、俺が朝呼びに行った方がいいんだろうか。」
 見た目は物凄くチャラいけれど、演劇部に関しては真面目だ。裏方の代表なんてしているくらいなんだから。笹井の言葉に俺はため息をついた。
「頼む。」
「…俺そこまで甲斐性でもねえよ。」
「いや、マジで。」
「わかった。あとでアイツの親にチクって叱ってもらおう。」
「どうぞ、ご勝手に。」

 笹井に文句を言っている風紀委員のみんなに言いたい。明川よりも断然コイツの方が生活力が合ってまともだぞ。


***
明川 望・あきかわ のぞむ
生徒会会計、二年。

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