恋愛シュミレーションゲーム。皆さんはやったことがあるだろうか。主人公が、可愛い女の子の好感度を上げて、落とす・惚れさせるという単純だけど奥が深いゲーム。最近では多様化しており、ほっとくと悪口を言われたりとか、同じヒロインでもエンディングが違ったり。勿論女の子の主人公が男の子を落とすゲームも同様にあり、そして、男の子の主人公が男の子を落とすゲームもある。
 上内十草、桜町中央高校二年四組。姉の影響でそういう、男同士の恋愛に関しては、認知はしていた。というか、そういうアニメを食事中に姉が見せるのである程度内容はわかっている。しかも、そういうゲームも「男の意見が聞きたい」という謎の主旨により事あるごとに意見を求められる。そのたびにそんなこと普通はないよなという答えが浮かび上がる。けれど、まさか、現実でそれを見るとは思わなかった。

 ここは、桜町中央高校の生徒会室。成績がいいことと、生徒会長と中学の頃からの仲だということで副会長をさせてもらっている。五月に生徒会選挙を行い、やっと慣れ、文化祭を目の前にした夏の終わりのある日。俺は今大量の仕事を目の前に放心していた。
「こら、上内。手動かして。」
 書記の田代佳枝がコピー機の前で怒る。彼女の言葉は正論ではある。あらゆるお知らせの紙やらクラス、部活の出し物の許可証。様々な書類に囲まれて、生徒会室で俺と田代は二人、修羅場のような毎日を過ごしている。時間が足らない。仕事しないと。けれど、終わらない。…そう、仕事をしているのが二人だけなのだ。
 生徒会は会長、副会長、書記、会計が二人、庶務が二人、と七人いる筈。なのに、何故か来ているのは副会長と書記の二人だけ。どうしてなのかと聞かれれば、恋愛ゲームの如く主人公キャラに生徒会長をはじめとした他のメンバーは振り回されているからだ。しかも、主人公は男子。もう一度言おう、男子。別に男子校とかそういうことじゃなくて、普通に共学の高校で、その主人公キャラは逆ハーレムを築き上げているのだ。可笑しな事態だとは思うがこれが現実だ。生徒会長はその男に惚れている。

 書類を確認し、サインし、ファイリングするだけでも大変なのに、その間に会長は遊んでいると思ったらどうにも腹立たしい。大体それが可愛い女の子なら俺も許した。しょうがねえよな。お前にとっては大事な一日なんだろうと、殴りたくはなるが許してやっただろう。あ、殴るだけじゃなくて、学食の食券何枚か奢らせよう。ただ、その相手が男なのだ。意味が分からない。別にそういう趣味を否定するわけじゃないが、なんで集団で惚れているんだと疑問すら湧き上がる。一人が惚れたならいいけど、そいつを取り囲む信者たちの数は多い。もう慣れたから気持ち悪いとは思わないが、あのカルト集団何だ、ってくらいには疑問だらけ。
「田代、文化部のそれ、どうにかなった。」
「…まだ半分。」
「そっか。じゃあ、今日はそれ終わらせて帰ろう。」
「そうね。」
 田代も疲れている。お互い言わないけれど、どちらもカルト集団に腹が立ってんだ。元々うちの文化祭は結構派手だ。多彩な文化部がいるこの学校では、もう一種のテーマパークみたいなほどに賑わう。本格的な準備はまだにしろ、もう一か月半前。
外の業者に頼むことは基本動き出しておかなければならない。というのに、会長不在。正直他のメンバーは雑兵にすぎないけど、会長は学校の顔だ。仕事しなくても居てくれなきゃ困る。いや、仕事はしてほしい。
 書類に目を通して、表にまとめる。当日の教室を割り振らなければならない。新学期までに決めて、教室が足りないところは、決め直してもらうかじゃんけんでどっちが使うかとかそういう割り振りもしなければならない。それに、当日のステージのタイムスケジュールの早く立てて回さなければならない。
やることが多いと言うのに、時間と人手が足らない。

 扉の外に影が映る。そして、コンコンと音がして、答える前に扉が開く。こういう時は決まって風紀委員だ。どこかの学園ドラマみたいに生徒会と風紀委員会は仲が悪い。今の会長不在の様子を何処かで聞いたのだろう。想像は着く。

「しつれいします。」
 予想通り、そこに現れたのは、風紀委員長、三年の鎌田康照。次期風紀委員長と名高い二年の山下猛と、俺と同じクラスの風紀委員斎藤隼太。
 彼らの顔を見た途端、俺と田代は同時にため息をついた。
「ちょ、おいこら。何も言う前にため息をつくな。」
「こんにちは、風紀委員長の鎌田康照先輩。あと、山下猛くんと斎藤隼太くん。」
 嫌味を込めて言うと、鎌田先輩はニヤリと笑った。
「これはこれは、生徒会〈副〉会長上内十草くん。それと、書記の田代佳枝さん。…おや、会長は不在かな。」
 副を強調しやがって。そう思いつつ、先ほど書いていた書類に目を通す。鎌田先輩はそれを見て楽しそうに此方の席に近づいてくる。
「岩崎会長はどうしたのかな。」
「鎌田先輩って暇なんですか。」
「こちらは俺が仕事をしなくても回るくらいには真面目な後輩ばっかりだからな。」
 嫌味がさらに嫌味で返された。鎌田先輩は生徒会が気に食わないのか、生徒会の穴を探すのが趣味みたいな男だ。加えて優秀だからタチが悪い。イライラしつつも、書類に目を向ける。
「こんなにも仕事があるんだな。大変そうだ。」
「そう思うなら帰って下さいよ。」
 鎌田先輩は生徒会室を歩き回る。そして、書類の内容をチラチラと見ていき、ニヤリと笑う。もしかしたら、生徒会の仕事を知っているのかもしれない。彼ならあり得る。知っていて、何処まで進んでいるのか大体検討をつけているのだろう。
 それが終わると、少し考えて、山下の方を向く。
「なあ、山下。生徒会の任期中に解散を言い渡せれるのは誰だろうか。」
「んー、確か風紀委員長でしたよね。」
 鎌田先輩と山下のニヤニヤ顔がむかつく。唯一生徒会を解散させられる風紀委員会が力を持つのは必定で、言われっぱなしでもしょうがないと言えばしょうがない。田代はイライラしつつも、手を休めていない。流石田代。俺もそれに倣う。
「なあ、斎藤。解散を言い渡すのに必要なものはなんだったか。」
 鎌田先輩は斎藤に話しかける。斎藤は先輩の方を向き、無表情のまま言う。
「あ、はい。そうですね。俺もそう思います。」

 鎌田先輩と山下が眉をひそめる。そうなのだ。斎藤隼太とはこういう男である。マイペースで常にぼんやりしている。自分の意見をはっきりさせるのが嫌いで、取り敢えず長いものに巻かれておく。その癖、自立はしている。…俺も何を言っているのかわからないが。とにかく風紀委員会っぽくない。
 鎌田先輩は尋ねる。
「お前さっきの俺の質問聞いていたか。」
「いや、一年生にしては、二組の出し物が面白そうだったので。ほら、推理ゲーム。」
 たまたま机の上に置いていた紙を見たのだろう。一番上の紙を持ちあげ、それを鎌田先輩に見せる。斎藤は何を考えているかわからない表情で、紙を指さす。
「ほら、一日目と二日目でトリックを変えるそうです。凝ってますよね。」
「わかった、斎藤。無理やり連れて来て悪かった。」
 なんだ。やっぱり鎌田先輩が無理矢理連れてきたのか。斎藤はいえ、と首を振る。
「鎌田先輩が言いたくなる気持ちもわかりますよ。学校の顔とも言える文化祭準備が滞るのは実に不安ですからね。」
「そう。そうだよ。俺が言いたかったのは。このままじゃダメだろって。」
 この茶番いつまで聞かせられるのだろうか。鎌田先輩は斎藤を見てうんうん、と頷く。
「でも、流石に会長不在でストレスたまり切っている上内と田代いびるのはもっと準備が滞りそうだからやめときましょうよ。ほら、上内と田代怒ってますよ。」
「怒らせてんだよ、わざと。」
 斎藤はいつも通り。生徒会とか風紀委員とか彼にはどうでもいいことらしい。鎌田先輩のツッコミを聞いて俺は思わずクスリと笑う。田代もニヤリと口角を上げている。
「あのな、そういうことは風紀室で聞くから。」
「風紀室って喋るタイミング失うんですよね。」
「鎌田先輩すみません。…斎藤ちょっと話があるから、ついて来い。」

 山下が彼らに割って入り、生徒会室を出る。こら、鎌田も連れて行けよ、山下。
 そう念を込めて山下の後ろ姿を見たのだが、全く気付きもせずに斎藤の背中を押して出て行く。パタンと扉が閉まったのを見て、鎌田先輩は此方を睨んだ。

「副会長。行事前の特別処置と言うのをご存知でしょうか。」
「…なんでしょう。」
「何らかの理由で生徒会選挙の行えない時期に解散が必要となった場合の特別処置。簡単に言うと、生徒会の仕事を丸ごと風紀委員会へ移行すると言うことです。」
「…なるほど。」

 行事、特に文化祭など外部に発信するものは生徒会が機能しないとはいえ、学校の為に行わなければならない。そういうとき、風紀委員会が介入する。風紀委員は各クラス一名に加え、希望者ならクラス関係なしに入ることのできる自由役員がいる。さっきの山下も斎藤もここにいる鎌田先輩もみんなこれで、それだけ人数がいる。一年限りの生徒会とは違って、三年間持ち上がりの役員も多く、仕事も早い。

「出来ないと、投げ出してもいいんですよ。俺たち風紀委員は学校の為ならなんでもいたしますから。お忘れなく。…一番やめてもらいたいのは、文化祭が行えないということ。そうなる前に何か手を打たないと、学校の恥になりますからね。」

 生徒会室に溢れる書類。去年の俺は、これを全員で終わらせた。今の時期に。でも、今は半分くらいしか終わっていない。ゆったりと堂々と歩く鎌田の背中に、腹が立って来た。
 逃げ道まで用意されてしまった。きっとあの人がいるのなら、風紀委員でも仕事を終えることができるのだろう。

 なんとしても自分たちの力でやりきってやる、と思うくらいには、悔しい。


***
上内 十草・かみのうち とくさ
主人公。生徒会副会長。二年。

田代 佳枝・たしろ かえ
生徒会会計、二年。

鎌田 康照・かまた やすてる
風紀委員長、三年。

山下 猛・やました たける
風紀委員、二年。

斎藤 隼太・さいとう はやた
風紀委員、二年。

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