幸永は金森を呼び出す。今思ったけどあれだけ囲われて、幸永は結構自由に動けている。どうやって生徒会に現れたのだと聞いたら、彼は人を撒くのに慣れたんです、と疲れたように言っていた。彼曰く、高校に入って出来た、特技らしい。でもまあ、特技を発揮し続けるのは不可能だし、結局放課後は生物部に行くので捕まる、とのこと。生物部の人たちも困っているだろう。と思ったが、幽霊部員ばかりで、真面目に活動しているのは幸永と才川だけらしい。幸永の幼馴染の才川って名前ばっかり聞くけどすげえよな。後輩ながら尊敬する。
 それはいい。金森と幸永は告白スポット、北棟の裏で向き合う。金森の顔は赤い。これからもしかしたら自分一人に選ばれるんじゃないかと言ったほどに。ああしてたら可愛いものだ。多分、金森一人が恋煩いだったら俺も田代も応援した。でも、集団でされたからこんな雑な扱いになるんだ。ごめんな。
「…昭一郎。こんなところに呼び出してどうしたんだ。」
 自分の胸の中の思いを悟られないように。期待なんてしていない、ただの呼び出しだと言い聞かせるように彼は言う。いつも通りで居ようと努める。
 幸永は金森を見上げる。幸永も金森も小柄だ。どちらも中学生と言われても可笑しくないような見た目。金森は幸永の上目遣いを見て、ドキリと頬を赤くする。
「僕、金森くんは生理的に無理。」
「は。」

 幸永くんちょっとストレート過ぎはしないだろうか。
 
 立ち上がってツッコミを入れようとするのを両隣の田代と斎藤に押し戻される。ちなみに俺たちは今金森の死角になる茂みの中に身を潜めている。北棟裏の告白スポットは、静かで人通りが少ないせいで、声が少し遠くでも聞こえる。だから、告白スポットと言われる反面、覗き見スポットとも言われているのだ。

 金森がぽかんとしたのを見て、幸永は言う。
「僕、ナルシストって嫌いなんだ。君って自分の話しかしないし、確かに頭いいみたいだけど、上内先輩とか斎藤先輩見てたらバカにしか見えない。僕、バカは恋愛対象にならない。友達ならいいかなって思ったんだけど、君はその気じゃないみたいだし、ここは希望持たせないで断った方がいいかと思って。」

 やっぱり、幸永くんストレート過ぎやしませんか。お前何処が優柔不断で断れなかったのよ。というか関が切れたように話すな。
 ツッコミに立ち上がらないか不安になったのか、斎藤と田代は俺の肩を下向きに抑える。大丈夫。大丈夫だから痛いって。
 絶句していた金森が、あの、と声を漏らす。
「…それ、言いたかったのか。」
「僕の性格が悪いのは自分でも自覚してる。でも、酷いこと言ったとしても断っておくべきだと思って。」
「じゃあ、…誰を選ぶの。」
 いつも自信満々の金森っぽくない。下を向きショックを隠せないまま、聞く。本当は怒りたかったのかもしれない、でも感情で行動出来ないし、宙ぶらりんのプライドが撃ち抜かれてどうすればいいのかわからなくなっている。普段真面目な後輩として可愛がっていたからか、心が痛む。
 幸永はしっかりと彼を見て、言う。
「誰も選ばない。僕は、男は恋愛対象にならないから。」
 はっきりとした声。多分、自分の状況がわかって、自覚したのだろう。自分の優柔不断さに。自分を作るのも疲れた、この周りに居る連中は友達じゃなくて恋人になりたい連中なんだって。だから、幸永はとっくに覚悟を決めたのだろう。人を傷つけると言う覚悟を。傷つけても、解放しなければならないと、言うことを。
 金森はそうか、と呟く。
「…てっきり、上内先輩のことが好きなのかと思った。昨日生物室に居ないと思ったら、生徒会室にいるみたいだし。」
「え、知ってたの。」
「安心して。別に岩崎会長とか他の人たちは知らないと思うから。僕が見つけただけ。」
 金森は顔を上げる。彼の表情は今、見えないが、きっと強がって普通の顔をしようとしている。幸永は少し良心が痛むと言った感じに眉をひそめ、でも、それを振り払うように言う。
「先輩たち困ってた。」
「うん。聞こえた。」
 金森の言葉に驚く。聞こえたのか。アイツは。
 彼は、幸永の頬に手を伸ばす。ハッとして、幸永はそれをバシンと払った。金森の手が宙を掴む。
「…はっきり断ってくれて、ありがとう。」
「金森くん。」
「多分僕、頭に血が上ってたんだ。」
 手を下ろして、自分自身に呆れるように軽く笑う。痛々しい声。

「幸永のこと運命だと思ってたんだ。なのに、岩崎会長とか泉先輩とかに取られちゃダメだって思った。…僕焦ってたんだ。」
「そっか。」
「頭の片隅で、昭一郎に無理して笑わせてるってわかってたのに。」
 彼は声を張り上げた。
「寧ろ断られて、目が覚めた。…ヤバいなー。初めて上内先輩に反抗しちゃったじゃん。先輩傷つけちゃったよ。僕あの人のことは素直に尊敬してたのに。」
 お前の生意気な一言くらい別にいいよ。そう思いつつハアとため息をつく。

 彼の泣きそうな笑い顔が見えた。
「可笑しくなるくらいお前のこと好きになれてよかった。ありがとう、昭一郎。」
 幸永は黙る。


 隣で斎藤がボソリと呟く。
「あれ。拍子抜けするくらい普通に断れたな。」
 彼にとっては予想外だったのだろう。
 まあ、風紀委員から見た金森史は。基本的に生意気。「風紀委員って頭堅すぎですよね。」上から目線。「言われたことしかできないんですよね。アイツら。」それから、ナルシスト。「まあ、僕ほどではないと思いますが。」ちなみに上記の言葉は本当に言っている。ドラマのワンシーンみたいにカッコつけて。そんな彼を横目で見てコイツすげえな、くらいに思ってた。
「金森くんは、若干ナルシ入ってるけど、いい子だから。」
 田代の言葉に斎藤はそんな筈あるか、と此方に視線を寄越す。いや。いやだから、斎藤のその吸い込まれそうな目を見てるとどうにも悲しいんだ。自分が見透かされたみたいで。

 と、金森は言う。
「俺、これからどうしよう。」
 ハッとして俺たち三人は彼の方を見る。幸永は静かに答える。
「今しないといけないこと。しないと。」
「えっと…上内先輩に謝って。あ。あの人文化祭がどうとか言ってた。」
「うん。そうだね。生徒会なんだもの。」
 金森は固まる。それを見て幸永は言う。
「ちなみに、謝る勇気がないからってズルズル生徒会室行かないの、ダメだから。てか、今から行こう。」
「待て待て待て。いや無理だから。ちょっと待って。」
 やっぱり、金森はヘタレなのだろう。
「やらかしたの、金森くんなんだからすぐに謝らないと。」
「え、でも。」
「こら。きっと上内先輩も田代先輩も許してくれるから。」
 呆れたような彼の声に、金森は頷く。
「…屈辱だ。昨日までの自分、死ね。」
 うわあ。


 その後、幸永とは別のルートで急いで、生徒会室に向かう。幸永は俺たちが観察しているということを忘れていたのか、金森の手を引っ張ってずんずんと進んでいく。ヤバいやばい。このまま金森の気持ちが変わらないうちに生徒会室に連行するつもりだ。今俺たちが生徒会室にいなければ、せっかく金森が謝罪する気になってんのに、できなくなる。それは可哀想だ。
急いで、教室のカギを開けて、中に入る。俺がカギをいつものフックに掛けている時、斎藤は電気と冷房をつけ、田代は冷蔵庫から麦茶を取り出し、三人分注ぐ。斎藤は書類を何枚か取り出し筆記用具も鞄から出して、席に着く。俺も斎藤を習う。ちょっと、仕事途中ですと言った感じに机の上の書類をグチャグチャにするのも忘れずに。
 田代は俺と斎藤の前にそれぞれ紙コップを置いて、自分の席に着く。自分のコップを忘れたと慌てて立ち上がり、もう一度取って席に着く。彼女が筆記用具を鞄から取り出している時に、俺と斎藤は麦茶を一口か二口くらい飲んで、仕事を始める。田代も、遅れて同じように仕事を始める。

 それから少ししたくらいに廊下をバタバタと走る音が聞こえる。そして、ノックもせずに勢いよく扉が開く。
「上内先輩、金森くん連れてきました。」
 叫んだ声。随分興奮したように頬を染めた幸永に、首根っこを掴まれて逃げることが出来なかった金森。あの北棟からの距離と時間からして、おそらくここに来るまで二、三度金森はやめとこうと言っている。それを、幸永は無理矢理連れてきた。
 顔を上げた俺と田代の顔を交互に見て、金森は目を見開く。
「ほら。金森史。」
 幸永はそう言って、彼の背中をトンと叩く。彼は少し驚きつつも自力で立って、一歩前に出る。
「あの。上内先輩、田代先輩。」
「何。」
 俺がそう尋ねると、彼は下を見ながら言う。
「…この前、誘ってくれたのに。すみません。生意気なこと言って。」
「うん。」
「あと…、仕事だって、呼ばれてるのに…行かなくてすみません。」
「うん。」
「もしよかったら、また僕を生徒会として扱ってください。」
「いいから、席つけ。時間ない。」
 サラリと言って、鉛筆で彼の席を指さす。すると彼は、動かない。何がしたいんだろう。でも一々甘やかすつもりない。心は痛むけど、自分で動き始めなきゃどうにもならない。
俺は気にせず紙を捲る。いつの間にか金森は俺の隣に立っていた。
 そして、勢いよく頭を下げる。

「本当にごめんなさい。上内先輩。」
「はあ。」
「あの。俺、…気が付いたら全部なかったんです。」
「え。」
 全部ない。とは。不思議に思ってそっちを見ると、顔を上げた金森の顔は涙に濡れている。ここまで豪快に泣かなくても。コイツただのお上品な坊ちゃんじゃねえんだな。今はただの泣きべそかいたクソガキにしか見えない。
「今思ったらクラスメイトには白い目で見られてるし、中学からの友達は俺と擦れ違うたび鼻で笑ってたし、さっき俺幸永には振られたし、もう恥ずかしすぎて死ねます。心が持たないんです。 お願いします。目見て話して下さい。」
「…お前思った以上に傷ついてんな。」
 泣きながら声を上げる彼は、どんどん床に落ちていく。もう土下座なのか蹲っているのかわからない感じ。ふと田代の方を見ると、田代はやべえという顔をしていた。いや、ちょっと厳しめに言ってやっていいから、って幸永にアドバイスしただけなんだけど。確かに幸永ズケズケ言ってたけど、それで期待もなしにすっぱり振られてすっきりした風だったし。というか、好きな奴に今の姿見られてるの知ってるのかな。幸永はうわあと遠い目をしながら此方を見てる。斎藤は見てすらないけどな。
「今までの完全防備どうした。お前マジでキャラ違うぞ。」
「んなこと保てないですよ。」
 それほど自分のしてきたことに悶えてるのか。中二病の頃の黒歴史思いだしてのた打ち回る高校生か。あ、コイツ高校生だ。甘やかしちゃいけないんだよな。と思いつつも、おいおい泣く金森の前にしゃがみ込む。両手を掴んで目を擦るのを辞めさせる。
「ここで泣くからお前カッコ悪いんだよ。普段は結構カッコつけてるのに。」
「そうですよね。穴があったら入りたい。埋めてくれて構いません。」
 彼を此方に向けさせて、俺と目が合う。呆れたようにため息をつく俺を見て、彼は情けなく目を閉じた。
 俺は彼の両頬をバンと叩く。赤くなるくらい。彼はポカンとして目を開く。
 そのまま俺は、彼の頬を手で包み込んだ。
「今日のお前は忘れてやる。だから、いつも通りに戻れ。」
 そうだ。俺はいつも通りのコイツを連れ戻す気満々だったのだ。
「生徒会に戻ってきたならそれでいい。クラスメイトとか中学の友達とか知らねえよ。ほっとけ。」
 彼は口を閉じる。
「お前はお前のままでいい。優秀で、高飛車で、生意気なお前が一番カッコいい。他の奴なんて知らないから、気にするな。」
「……え。」
「お前が生徒会の仕事したいなら、いつも通りやりゃいい。何事もなかったかのように日常に戻ればいい。それがお前だろ。」

 こいつがしょんぼりしていたら、生徒会室の空気が悪くなるだろう。
 金森は俺の手に自分の手を重ねる。それから、ゆっくりと息を吐く。

「はい。わかりました。」
 さきほどよりも冷静な。彼が一番カッコつけている時のように、さらりと言った。


***
金森 史・かなもり ふひと
生徒会庶務。現在高校一年生。

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