「そう言えばどうして、斎藤先輩がここに。監査なら山下先輩とかのイメージでしたが。」
 金森は良くも悪くも優秀だった。彼が戻って来て、遅れた分が少しずつ前に進みだす。雑用は斎藤と幸永に任せて、生徒会がしなければいけないことを俺と田代と金森が行う。二人増えたと言うのは作業スピードが格段に速くなった。
 いつも通り太々しく告げた金森に、振られた相手居るのによくお前その態度続けられるな、と思った。まあ、いつも通り居ろって言ったの俺だししょうがないか。金森を連れ戻して、二日。幸永曰く、ヤンデレっぽくない人から少しずつ切っていっているらしい。金森ほどストレートに断ったら逆切れされそうだからやめて置けと言ったら、なんとかしっかり断れるようになったらしい。相手の人格を否定するのではなく、自分にはその思いを受け止められないとしっかり告げるのがいいとどこかで聞いた。モブ的な人は少しずつ減っているとか。まだ野球だったらトーナメント出来るくらい人要るらしいけど。
「俺が指名した。斎藤ならパシれるかと思って。」
 斎藤が無言で此方を睨む。コイツホント表情豊かになってきたよな。この二週間強で。彼は聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。
「人の好意をなんだと思ってる。報告してやる。」
「ごめんごめんごめんって。斎藤マジごめんって。」
 彼は目を反らす。まあいいや。仕事しないと。

 金森はふーんと頷く。それを見て幸永はニッコリと笑う。
「ふと思ったんですけど、斎藤先輩。本当に、風紀委員は大丈夫なんですか。」
「大丈夫って。」
 俺が尋ねると彼は頷く。
「生徒会を解散させたいのはわかりましたが、そもそも僕の周りにも風紀委員の自由役員数人いましたよ。なのに、生徒会に監査まで送ってて、大丈夫なのかなって。」
「え。」
 そう思って斎藤の方を見ると彼は無表情のまま頷く。
「その自由役員。本人たちが気付かぬうちに除名されてる。」
「うわあ。」
「うわあ。」
 俺と金森はほぼ同時くらいに声を漏らす。流石風紀委員会。その自由役員も幸永に振られたらどうなるんだろうか。斎藤はそのままシレッと続ける。
「風紀委員は通常通りだ。元々の人数が多いし。」
「あ、そうでしたか。」
「温かい季節にゴキブリの如く沸いてくるのが、風紀委員だから。」
「斎藤お前自分の所属してる委員会、それでいいのかよ。」
 ゴキ…もっといい表現あるだろ。想像しちゃっただろ。別に虫ダメなわけじゃないけど、不快だわ。でもま、風紀委員って温かい季節は活動盛んだな。マジで。冬の風紀委員会の黒パーカーと赤い腕章の黒い集団が頭に過るが、盛んなのは体育祭と文化祭か。
 金森は不快を前面に押し出しながら、言う。

「…お噂通りですね。では、どうして、斎藤先輩はそのゴキブリの集まりに。」
「金森こら。身内が言うのと外の人が言うのじゃニュアンスが違う。」
「失礼、上内先輩。でも、気になりますよね。」
 金森はかっこをつけて言う。この喋り方でも絵になるからナルシストイケメンは腹が立つ。ま、後輩だから許す。斎藤はゆっくりと立ち上がる。俺に資料を手渡す。
「それ。終わった。」
「じゃあ、これ。やり方わかるか。」
「さっきの要領だろ。」
「ああ。」
 それだけ言い、斎藤はまた席に着く。少しイラつきつつも金森は言う。

「で、どうしてですか。斎藤先輩。」
 彼は口を閉じた。それから、面倒臭そうに口を開く。
「……なりゆき。」
 そろそろ喋るの疲れたのだろうか。わかりやすい。


「上内ヤバいよ。」
 今日は珍しく来るのが遅くなると言っていた田代の声が勢いよく扉を開きながら、聞こえる。走ってきたのだろうか、肩で息をし、リュックの紐を持ちながら言う。慌てた表情。斎藤は静かに「走るな」とだけ言う。
「何がヤバいの。」
 金森と幸永は不思議そうに顔を上げた。
「為吉と泉が夏休みの宿題出してないからって、教室に残らされてる。物理的に連れ戻せない。」
「うわあ。」
 俺はあからさまに眉をひそめる。田代は鞄を自分の席で下ろしつつ言う。
「いや、私、夏休みの宿題のノートに名前書き忘れてて先生に呼ばれたんだけどね。」
「しっかりしろよ、田代。」
「いや、それだけならすぐに終わったんだけど。先生の手伝いさせられたの。予想はしてたけど。」
「ああ、だから遅れるって。」
 放課後俺と斎藤が生徒会室に向かう途中、田代は何処かに向かいながら「先生に呼ばれてて遅れる」とだけ言っていた。なるほど。
「じゃなくて、その先生。数学の宮下先生だったんだけど、為吉のクラスと泉のクラスも受け持ってるらしくて「文化祭シーズンで忙しいのはわかるけど、宿題はしなくちゃ」って。」

 田代は苦笑いをするしかなかったのだろう。いや、生徒会の仕事で夏休みほぼ潰れた俺と田代は宿題終わらせて学期初めの実力テストの勉強までしてましたけど。お前ら遊んでただけだよな。
 ふと幸永を見ると、彼はニッコリと笑う。
「勿論僕は宿題してましたよ。なんか周り煩かったけど完全に無視して勉強する能力もついたみたいで。」
 なんかこの子可哀想。金森の方を見ると彼は苦い顔をしつつも言う。
「いや、僕も日課の勉強はしてましたから。」
 この子こういうところは頭良い。確か一年で学年一位キープしてるらしいし。
 生徒会は基本的に成績を買われて入る場合が多い。成績がよく、何か面白いことがしたい、と言う人ばかりだ。こんな宿題してなかったから居残り、とかは聞かない。精々体調不良でテスト受けられなかったから、追試、くらいだ。
 田代はバンと机を叩く。斎藤は小さな声で「机叩くな」と言っていた。お前もっと主張しろよ。

「あんまりやらかしてると、先生に生徒会のことバレる。」
 そう。今はまだ。風紀委員の生徒が気付いているだけなのだ。先生にバレて、強制的に風紀委員の介入をされてしまったら困る。
 いくら自由や自主などが言われていても、今していることは文化祭準備。文化祭と学校説明会は外に発信する重要な行事として…絶対に成功させなくてはいけない。先生だって張り切っているのだ。
 顔を青くする田代に、苦々しく眉をひそめる金森。俺は下を向き考える。

 待て。取り敢えず、アイツらは宿題をさせるために絶対ここには来れない。ならその前に早めに残りの生徒会会計明川を連れ戻さなければならない。会計は独特な仕事が多いから、アイツが戻ってきただけで戦力アップだ。あいさつ回りの為に岩崎を連れ戻さなきゃ。いや、アイツは他の四人って言った。今アイツは意地になってるから、本当に四人戻らなきゃ戻ってこないかもしれない。初めのうちはいい。俺が出ても。でも当日が近づけば近づくほど岩崎が居ないと困る。
 夏休みの宿題で居残り。これはまあ、アイツらが早く終わらせたらいいだけ。でも、今幸永が告白を断ろうとしているのは知っているだろう。やる気を出すのか。元に戻って幸永を囲っていたら、次は自分が振られるかもって思うかもしれない。ああ面倒臭い。
 アイツらが何を考えているかわからない。
 ああでも、風紀委員の介入を防ぐにはやっぱり全員集めなければいけない。

 考え込んでいたら、斎藤はポツリと呟く。
「考えを文字に起こせ。」
「え。」
 斎藤は手を動かしたまま、静かに告げる。
「お前らが思いついた方法だろ。しなくちゃならないことをまとめて。目標を決めて、時間を割り振る。」
 幸永はニッコリと笑ってコピーの裏紙と黒マジックを用意した。その様子を見て、金森は少し驚く。
 斎藤はやっぱり声を張らずに言う。
「一人で考えてても上手くいかない。」
 俺は斎藤の方を向いて笑う。それから言う。

「いいこと言ってんだから声張れ。」

 田代と俺と幸永は一か所に集まる。金森も驚きつつ此方にやってきた。



 マジックのキャップを開いた。俺は言う。
「目標は文化祭の成功。今から考える小目標は生徒会役員を連れ戻す。」
 田代は頷いた。
「そう。それで、具体的な名前は岩崎晶、明川望、泉梅太郎、柊為吉。」
「…泉先輩と為吉は今補習中。いつ終わるかわからない。」
 金森は言う。それに幸永は続ける。
「その三人だっけ、いや四人か。…四人は僕がはっきり言っても人の話聞かないから。難しいと思うよ。」
 斎藤は作業を続けながらボソリと呟く。
「それと。岩崎は明川たちが戻らないと戻ってこないかもしれない…風紀委員の監査が気に食わないんだ。」

 ――九月の半ばには介入しなければならなくなる。
 鎌田先輩は以前そう言った。ということは、半ばまでは待ってくれると言うことだろう。だったら、それを利用する。九月十五日に風紀委員が介入するまでに、先生にバレないように仕事を進める。クラスや文化部たちの質問にも答えて、出し物のチェックをして、それまでは外部との連絡は俺が取ろう。それしか方法はない。二十日までにクラスや文化部に提出する書類系を全て終わられて、あとを託さなければならないから、皆を連れ戻すことに全力は注げない。
 前半の準備の方が、人手が必要なのだがな。とにかく人数で言えば五人はそろっている。二人で回して居た時よりも効率は上がっているし、例年のペースに追いつきつつある。ただ、いつまでも幸永がここに居たら彼自身の仕事、生物部の準備に支障が出るし、囲っていた連中も気が付いて押しかけてくるかもしれない。仕事をしないのに屯されたら実に困る。

 金森は言う。自分は幸永にきっぱり言ってもらえたのがよかった、と。曖昧なのが一番どうすればいいかわからなくなったんだ、と。
 幸永は言う。僕が一番いけないのはそこだろうね、と。聞き分け悪いかもとかじゃなくてしっかり言わなきゃ、と。
 田代は言う。補習だって、やる気を出さなきゃいつまでも帰って来れない。勉強くらい私たち見てやれる。と。

 風紀委員会は俺たち生徒会に逃げ道を用意した。でも、俺たちはそれには逃げ込みたくない。だから、生徒会には生徒会の為の逃げ道を用意してやることにした。


 いろんな要素を書きだして、みんなで話し合う。自分一人がどうにかするのはこんなにも簡単だと言うのに、誰かを動かすと言うのは難しい。況してや気持ちの問題なのだ。恋愛感情。誰にだってあって、盲目になってしまっても仕方がない。彼らからしたら大事な時期になにしてくれんだってことだろう。
 コピーの裏紙が無くなり、八月のカレンダーを裏に向ける。何かメモすると思って捨てずにおいていてよかったかもしれない。

 傍から見たら何してんだって思うだろう。でも、俺たちにとっては大事な行為。

 俺はマジックペンのキャップを閉じる。それから、書いたものを持ちあげて、ニヤリと笑った。


「なんだ。目途が立ったじゃないか。」


 俺も田代も幸永も金森もニヤリと笑った。
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