生徒会書記、田代佳枝は男子生徒の前に座る。男子生徒、生徒会会計の柊為吉は目の前の女子を見て目を丸くした。久しぶりに見た顔。一つ上の先輩で、特に何か怒られたことはないような温和な女性だという認識があった。けれど、今はイメージとはかけ離れて、呆れたように此方を見る。
「田代さん。」
 そう言えば彼女はあからさまに大きくため息をついた。
「アンタ成績よかったんじゃないの。夏休みの宿題終わってなくて、文化祭準備に参加できない生徒会役員って初めて聞いたんだけど。」
「え、あ、……すみません。」
「さっき宮下先生に聞いたらこのペースなら二週間はかかるって聞いたけど。」
「え。」
「生徒会会計がなんで二人いるか知ってる。二人いないと仕事終わんないからなんだけど。」
 随分嫌味染みて言われた。
 為吉は一学期の終わりから、一度も生徒会室へ行っていなかった。サッカー部に入っていることはみんな知っているし、来れる日だけ来ればいいと言う優しい言葉を貰って、それでも現状に甘えず頑張っていた。けれど、気が付いたら自分には好きな人が居て、その人の傍に居たい。離れたくない。と考えていたらサッカー部も生徒会もどちらにも行けていなかった。自分は好きな人の為に学校生活を過ごしたい。どうせ生徒会だってそんなに行っていなかった。だから、生徒会には行けないと上内さんに言った。サッカー部は…これからどうするか考えなくてはいけないが。
 ただ、生徒会に関しては、もうメンバーと数えられていないのだろうと思った。
 田代はそのまま言葉を続ける。
「文化祭前は帳簿付けとか忙しい。いくら去年の代の人たちが予算振り分け終わらせておいてくれたとはいえ、終わった後大変だよ。決算。」
「あ、あの。」
 為吉がオズオズと言うと彼女はん、と首を傾げる。
「明川さんは。」
 生徒会会計の二年生、明川望。すると田代は為吉の頭にチョップをした。

「先輩に仕事押し付けんな。」
「イデ。」
 地味に痛い。そこを押さえて彼女の方を見るとため息をつかれた。
「サッカー部、行ってないの。サッカー部の先輩たち、生徒会で忙しいって思ってるよ。」
「…すみません。」
「生徒会も来てないよね。上内が誘ったのにきっぱり断って逃げたって聞いたけど。」
「…すみません。」
「好きな人、出来たんだって。でも、補習してたら会いに行けてないじゃん。」
「…そうですね。」

 声に出されると随分情けないように思う。部活も、生徒会も頑張ろうとして、どちらもダメにした。だったら好きな人の為に頑張ればいいのに、勉強ができなくて会いに行けない。為吉は自分が本当に嫌で下を向く。
「そりゃ私としては生徒会来てほしいよ。でも、気持ちが伴わなかったら大変な仕事、頑張れないのは知ってる。」
「…はい。」
 為吉は持っていたシャーペンを握る。どうすればいいのかわからない。本当は全部とって、欲張りに生きるつもりだった。でも、結局全部手放してしまった。自分は何一つ出来ないような気がした。

 為吉の好きな人が、金森を振ったと聞く。いっそのこと自分も振られたいと思った。一度何もない白紙に戻して、サッカー部も退部して、生徒会もやめて。本当は付き合いたい。キスをしてもっと触れたいと思う。けれど、次に会いに行ったらきっと振られる。彼は決心したように痛む心に鞭打って、選ぶことに決めた。彼は前に進んだと言うのに、自分は進めていない。

「こら。話を聞きなさい。」

 田代の通る声に為吉は驚く。モヤモヤが急に晴れてクリアになるように。酸欠だった頭に酸素が補給されたように。はっきりした視界に田代は告げた。


「何でもかんでもすぐ諦めた顔しないで。アンタが今しなきゃなんないことは何。」
「…え。」
 今自分がしなくてはいけないこと。
 為吉は震える口をゆっくりと開く。
「さ、サッカー部に退部届。」
「違う。」
 彼女は為吉を睨んだ。
「補習でしょ。」

 田代佳枝は温和で、はきはきしていて快活な女性だ。はっきりしていて、自分の仕事をしっかりとする。生徒会で唯一の女性だけれど、気後れしていない。それだけ強い人だ。

 為吉はポカンとした。
「え、あ、はい。」
 今思えば確かにそうだ。田代はノートを指さす。
「ブルーになるのは勝手だし、サッカー辞めるのも勝手。でもさ。目の前のことまずやんないと。」
「…はい。」
「私が教えてあげるから、早く生徒会に戻る。」
 戻っていいんだ。
 彼女のはっきりとした言葉は頭の中に入ってくる。彼女の強さが、頼ってもいいんだと安心させてくれた。
「補習終わらせて文化祭準備。それは決定。そのあといろいろ考えなさい。好きな人のこととか成績のこととかサッカーのこととか考えるのはその後。」
「はい。」

 田代は胸ポケットに入れていたボールペンを取り出し、机に置いていた範囲表のプリントを手に取る。廊下側の窓を台紙にして、何かサラサラと書く。そして、それを為吉の前に見せた。
「一、補習を一週間以内に終わらせる。二、文化祭準備。…これが文化祭までの仕事だから。異論は認めません。」
 少し強引なくらいが有難かった。

***
柊 為吉・ひいらぎ ためきち
生徒会会計、一年生。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。