幸永は言う。
「田代先輩いないと、華が無いですね。生徒会って。」
「舐めてんのか幸永。お前が面倒臭いところまで現実逃避してたからだぞ。」
 俺のツッコミに幸永はテヘっと笑う。その表情にイラつきながらも俺はコピー機の前に立つ。俺と幸永の会話に少し気まずそうな金森も一応何も言わずに仕事している。目途が立ってから、やることがはっきりした。
 まずもって、補習組は補習が優先だ。なら、早く終わらせてくれなければいけない。此処で悶々と考えていても状況がわからないから、先生に確認して、終わらなそうなら教えてでも早く終わらせないと。このことに関しては補習組と生徒会メンバー、利害が一致しているだろう。誰だって補習は早く終わらせたい。その後何処に向かうとか、幸永に会いたくないとかそういうことは関係ない。
 先ほど携帯を見ると、田代曰く、泉は一教科だけ。彼自身死んだような目をしていたが、終わらせたい意思はあるのか、あと二、三日には終わるだろうと先生も言っていた。ただ、大変なのは柊為吉。運動部によくある、部活も勉強も上手くいかなくて悶々としているブルー期間に入っているらしく、中々終わらないと。しかも、一年は数を解けと言わんばかりに問題数が多い。進度も遅く再来週にまでかかりそうだという話を聞いた。田代は慌てて為吉に数学を教えているらしいのだが、ブルーになり過ぎて、補習を終わったら生徒会に戻るという言質が取れたらしい。
 一件落着なのだろうか。いや、補習終わってないしダメだわ。


 本当は今日、明川にもう一度話を聞きに行くつもりだった。というか、幸永に振ってもらってどうにかするか、とも考えていた。けれど、明川は何故か今日休み。休みならしょうがないし、一人は帰ってくる目途が立ったのでそれでいいか。連れ戻すということはお休み。その代わりに今できる作業を終わらせておこうと四人で仕事しているのだ。
 とコンコンと音がする。
「風紀委員長、三年三組鎌田康照だ。」

 突然の風紀委員長の来襲。金森は反射で幸永を椅子の下に押し込み、斎藤は自分の前の書類を避けて、コップのお茶を両手で持つ。うんそうだよ。幸永と斎藤が手伝ってるのはばれたらヤバい。
「ど、どうぞ。」
 そう声を上げると、扉が開く。入ってきた彼は、生徒会室を見渡していつもの嫌味な笑顔で笑う。それから、お茶を飲んでいる斎藤を見下ろした。

「久しぶりだな。副会長、上内くん。」
「お久しぶりです。鎌田先輩。」
「おや、斎藤の報告では岩崎会長は戻ってきていると聞いたけれど。」
 斎藤の方を勢いよく見ると彼はお茶の水面一点を見つめ、いつもの何を考えているかわからない表情になる。斎藤は言う。
「今日はたまたま、歯医者だそうですよ、鎌田先輩。」
「そうか。〈たまたま〉か。」
 この人気付いてんじゃねえか。でも取り敢えずナイスフォローだ、斎藤。鎌田先輩は金森の方を見る。
「おや、生徒会庶務の金森史くん。」
 金森はいつも通り彼をジッと見る。こういう時猫を被るのが上手いコイツはボロが出にくい。
「夏休みはどうしてたのかな。」
「夏期講習とオープンキャンパスです。上内先輩も知っていたはずですよ。」
 あ、コイツウソつきやがった。そう思いつつ俺も頷く。
「金森のは聞いてましたよ。」
「ほう……泉くんと柊くんが補習だとは聞いていたけれど。田代さんと明川くんは。」
「田代は先生に呼ばれていないだけです。明川は今日欠席。」
「そうか。戻って来て何より。」
 この人嫌味言うために生きてるんじゃね。俺は動揺を悟られないように尋ねる。

「で、鎌田先輩。何をしに。そろそろあなたも暇じゃないでしょう。」
「九月十日までにこの書類を提出しろ、と言ったのは君じゃないか。」
 夏休み中に渡した書類だ。多くの委員長は休み時間などに持ってきてくれていたのだが、彼は直接生徒会室へ持って来たか。両手で受け取り軽く不備がないか確認すると、それを机の上に置く。
「ありがとうございます。十日までまだ日があるのに、お早いですね。」
「うちは君たちとは違って、優秀だからな。」
「そうですか。」
 俺らは仕事が遅いってか。というか、壁に張ったリストを見ているので完全に今の進行状況わかっているだろう。この前まとめた連れ戻し計画に関しては壁に張るのをやめてよかった。斎藤が虚偽報告をしたのがばれてなくて済む。

 鎌田先輩は俺を見たまま言う。
「斎藤。」
「はい。」
 斎藤も彼の方を見もせずに言う。
「暇そうだな。」
「…まあ。俺は監査だけですしね。」
 ごめんなさい。本当は滅茶苦茶働かせてます。心の中で謝る。
 鎌田先輩は少し考えて、斎藤の方を向いた。

「そうだな。書類仕事なら、ここでやれるな。」
 え。つまりは、斎藤に風紀委員の仕事を与える、と。そう思い、何か言おうと思ったのだが、口を閉じる。バレたらヤバい。生徒会は斎藤を馬車馬のように働かせていると。斎藤は静かに尋ねる。
「それは如何なものかと。ここは生徒会室です。」
「それほど重要なものじゃない。一年の時やったような簡単な雑用を少し引き受けてくれないか。」
 すると金森は静かに言う。
「貴方たちは、優秀じゃなかったんですか。」
 そうだもっと言ってやれ。斎藤だって忙しいんだぞ。俺らのせいで。
 鎌田先輩はニッコリと笑う。
「そうだな。優秀過ぎてクラスの出し物の準備や部活の準備を引き受けている場合も多い。皆に均等に仕事を割り振らないと大変なんでね。」
 最もな正論ですね。斎藤はサラリと答える。
「わかりました。」
 金森と俺は口を閉じて目を反らす。ごめんなさい。生徒会の仕事を風紀委員に押し付けている、ということ自体異常なのに。それを報告させないようにしてしまい申し訳ないです。
「今から風紀室へ来てくれ。」
「わかりました。」
 鎌田先輩が部屋を出る。
「失礼した。少し、斎藤を借りるよ。」
「失礼しました。」
 その後を斎藤が追いかける。

 廊下を歩く音が聞こえなくなったくらいに、俺と金森は机に倒れ込む。
「うわあ。」
「うわあ。」
「大変なことが起きましたね。」
 幸永は机の下から顔を出す。そして、またさっき座っていた席に座る。
「そうでなくても、今週末まで田代先輩居ないのに。」
「斎藤とて、優秀だけど人間だ。今まで通りに仕事は進まない。」
「そうですね。でもノルマは終わらせないといけませんしね。」
 随分ノー天気な幸永の声に俺と金森はズーンと落ち込む。というか、幸永も今週何日か生物部の文化祭準備に向かうと言っていた。夏休みの間にいろいろ終わらせているし、研究の成果を展示して、飼っている魚たちの説明プレートを作って飾りつけをするだけと言っていた。何日かで大丈夫と言っていたのだが、コイツも大変だ。

 暫くすると扉の外からか細い声で「開けて。」と聞こえた。幸永が扉を開けると両手で青い事務ファイルを何冊か抱えた斎藤が立っている。なんだその書類の量。
「斎藤。それなに。」
「ここ五年の風紀委員の文化祭での事件…調書かな。」
「風紀委員なにやってんの。」
 何その仕事。
「見返して、今年はそれが起きないようにするんだって。…で、俺はこれを大体の表にまとめる。」
「去年の見ればいいだろ。」
「去年の見るけど、一応資料って。」
 その言葉に金森はああ、と頷く。
「なるほど。見たほどは大変な仕事じゃないってことですか。」
「風紀委員の誰しも字が綺麗とは限らない。」
「え。」
 もしかして、解読しなければいけないということか。斎藤は机に書類を置いて、ため息をついた。
「…今週末までって言われた。ごめん。俺、暫く戦力にならない。」

 俺は思わず嘆く。
「鎌田が憎い。」


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