昼休みの時間、斎藤は大体俺と弁当を食べている。今までは彼は一人で食べたり学食行ったり風紀室に呼ばれていたのだが、文化祭準備のために一緒に食べてくれていた。のだが、俺はうわあとため息をつきたい。
 昨日貰ってきた資料をジッと眺めながら、弁当を食べる。たまに、何か文字を書き込んでいく。おそらく解読作業だ。汚い字が読みづらいから先に解読しておこうと言うもの。
「そんなに読みづらいのか。」
「〈あ〉と〈め〉って読みづらいし、〈う〉と〈ろ〉が似てることなんて初めて知った。」
「…というか、今週末までなんだろ。放課後そっちやりゃいいじゃねえか。元々お前の仕事はそっちだろうし。」
「それで、生徒会室の書類の山が終わるとは思わない。」
 彼の言葉に俺はなんとも言えなくなる。なんというか。こいつは行動的じゃないけど、人のためなら熱心だよな。高一の時もクラスが同じだったが、クラスメイトの少し面倒な仕事を手伝っていたり、先生に何かを頼まれていることも多い。何を考えているかわからない表情しているから話すまでは、こっちのこと興味ないのかなって思うけど。話してみれば、意外といろいろなところを見ている。気付いたうちに主張しろよってツッコミ入れたくなるけど。
 彼は持って来た数枚の解読作業を終えて、整える。それを机に置くと、弁当の残りを食べ始めた。
「いや、今日辺り、明川をなんとしても連れ戻すし。元々お前に生徒会の仕事させてるのが間違いだし。」
「明川今日も休みって、池井が。」
 明川は確か池井のクラスメイトだ。けど、欠席。昨日もそうだったけど、もしかしたら風邪でもひいているのだろうか。俺の表情を読み取ったのか、斎藤は静かに言う。
「理由、わかんないんだって。」
「え。」
「池井が担任に聞いてみたら連絡すらないって。どういうことだろう。」
「無断欠席なのか。」
 何か可笑しい。アイツは確かにずぼらなところもあるけれど、真面目っちゃ真面目だし。欠席連絡もなしに欠席って。家で倒れてるんじゃ。確か、アイツの両親は大学の研究者って言っていた。もしかしたら、二人ともどっかの学会に行っていて気付いていないとか。

「笹井。」
 たまたま俺と斎藤の近くを通りがかったクラスメイトを呼び止める。彼は、笹井隆一。明川とは同じマンションに住んでいて、高校の受験勉強も明川が笹井を見てやったと言う。ただ、この二人、そこまで仲良いわけじゃないが。
「明川、生きてるか。」
「望か。」
「そう。」
 振り向いた彼にそう尋ねると、彼はさあ、と答える。すると、斎藤の顔を見てうわあと顔を歪める。この男、校則を破りまくっているのだ。見た目で言うとピアスをしているし、髪の毛は金髪。ちなみに、金髪を地毛と言い張っているが、「染めなきゃ」とぼやいているのを何度か聞いたことがある。チラリと斎藤を見ると彼は小さな声で言う。
「ピアス。中着。あとシャツのボタン締めて、入れろ。」
「うるせえよ。なんで、お前に言われなくちゃなんねーんだよ。」
 確かにシャツの中の中着、派手な色してるしな。開襟シャツがもう羽織ものみたいに見える。
「いや、笹井。斎藤ほど静かに指摘する人いないから。うるさくはないだろ。」
「それもそうか。」
 ケロリとしている彼に斎藤は表情すら変えずに弁当を食べる。ウチのクラスが平和なのは、きっと斎藤の注意の声が小さいからだろう。いや、斎藤のいないクラスを体験したことないけど。笹井は俺たちの近くの席に座ってこっちを向いた。
「望の話だっけ。」
「そ。今日も欠席って聞いたけど、無断なんだろ。なんでか知らねえかな。」
「あー…俺も会ったの夏休みの終わりなんだよな。宿題写させてもらおうかと思って。だから、新学期になってからは知らない。」
「絵にかいたような寄生っぷりだな。」
「いや。俺とアイツの会話なんて基本そういうのだけだぞ。アイツとはなんか会話のテンポ合わねえんだよ。」
 自慢げに主張しているけど、要するに利用しかしてないってことだからな。結構酷いぞお前。彼は明るく言う。
「で、何の話だっけ。望の。」
 俺は苦笑いをする。
「じゃ、お前は新学期になって会ってないんだな、明川。」
「あ、会話してないけど一昨日会った。」
「え。」
 最新に会ったのって俺じゃないかと思ったが、流石ご近所さん。見かけている。
「母さんに醤油買って来いって言われてスーパー行ったら、かぼちゃ掴んでなんかぼそぼそ言ってた。気持ち悪いし声かけずに帰ってきたけど。」
「え、何言ってたの。」
 アイツの奇行は今に始まったことじゃない。
「なんかひたすら数字。」
「え、昨日今日休んでるのってもしかしてアイツのいつもの病気。」
「病気って何。アイツ持病あったの。」
 笹井ってホントに宿題とか勉強でしか明川にお世話になってないんだな。俺はなんとなくゲンナリしてしまう。
「アイツってなんか知らんけど物凄く数学好きじゃん。」
「いや。俺アレに触れたらダメだと思って触れないようにしてる。」
「笹井、正解。病気ってそれだよ。数学好きすぎて籠っちゃうって。」
 好きなことに真っ直ぐ過ぎるんだろうな、アイツ。外に出ていたこと自体が驚きだけど、きっと時間とか忘れてるんだろう。俺みたいな凡人からしたら、奇行だったり病気だったりにしか見えない。
「好きなことに熱中しすぎたら寝食忘れるタイプじゃん。籠ってるんじゃね。」
「え。でもアイツの親見たことあるけど結構厳しめだぞ。無断欠席なんてさせるか。…って確か二人とも居ないんだっけ。うちの親に頼みますって言ってたし。」
 いや、これって俺の予想当たったかも。
「これ結構な確率で、部屋に籠ってひたすら数学の問題解いてるんじゃないか。」
「うっわ、俺には理解できない。」
 あからさまに気持ち悪いと嘆く笹井に、俺は頭を抱える。斎藤は静かに言う。
「いや。まだそうとは限らないだろ。」
「そーだよ、上内。風邪ひいてるだけかも。」
「それもそうか。」
 俺はふうむと考える。というか、幸永はどうした。アイツ幸永のこと好きじゃなかったのか。よくわからないが、一昨日スーパーに居たのは事実。この前俺が会った時、幸永の名前は出さなかった。けど、用事があると言っていた。
「やっぱり望の考えてることわからん。」
 静かに食事をしていた斎藤がチラリと此方を見て、不満そうに眉をひそめる。笹井はあ、そうだと声を上げる。
「アレだったら、今日うちのマンション来るか。アイツは直接言わないと外の世界に出て来ないだろうし。」
「うわあ。」
 俺は頭を抱える。笹井の言う通りだ。今部屋に籠っているなら一度会いに行った方がいいけど。斎藤だって今は風紀委員の方の仕事をしている。田代は為吉に付きっ切り。生徒会室に幸永と金森だけ置いておくのもなんか申し訳ない。

 斎藤は弁当の蓋を閉じる。やっと食べ終わったようだ。
「…何かあったら俺が対応しておくから、明川連れ戻して来い。」
「え。」
「今日くらいお前の分の仕事進めとくし。」
「いや、お前のそれは。」
 先ほどの書類があるであろう位置を指さすと、彼は静かに頷く。
「…見た目ほど大変じゃない。」
「今さっき、字を解読するのが大変とか言ってたじゃん。」
「大変なのさっき終わった。」
「え、さっきので終わり。」
 もうよくわからない。斎藤は大変なのか、そうでないのか。俺の表情を見て、彼は軽く微笑む。なんというか、普段無表情な分コイツの微笑って素晴らしく綺麗だな。イケメンって腹が立つ。
「明川連れ戻す方が、優先だろ。散々巻き込んだんだからこれくらいいいよ。」
「え、じゃ、じゃあ、本当に任せるぞ。」
「いいよ。今日の分進めとく。」
 なんか斎藤に言って貰えるとちょっと有難い。

 笹井は斎藤を見て一言。
「お前、普段全然思わなかったけど、顔整ってんな。」
「…何、今更。」
「笑ったら特に。」
 斎藤の少し警戒顔。姉の言葉を使うなら、斎藤は儚げな綺麗系イケメン。涼しい目に白い肌。黒髪も結構サラサラ。まあ、男から見ても綺麗。普段は無表情な仏頂面だけど、さっきみたいに笑えば、ああコイツ綺麗だなってくらいには意識する。
「演劇部の展示の方、手伝わねえか。衣装貸出とかあるんだけど、お前売り子にしては最適。体型普通だし顔整ってるから大抵なんでも似合う気がする。」
 確か、笹井は演劇部だと言っていたか。演劇部は二日目の公演以外にも、教室一つ貸し切って展示をしている。今までの公演で使った衣装の貸し出しや、台本や大道具の展示など、裏方の仕事ぶりを展示するらしい。
「当日は風紀委員の割り振りあるし。」
 斎藤は断る。余り着飾るのとか興味なさそうだしな。そう思っていると、笹井は少し考える。
「斎藤繋がりで、斎藤一のコスプレとかどうよ。新選組。」
「だから無理。」
「お前が居ればきっと女子は釣れる。」
 そういや、笹井って演劇部裏方の代表だとか言っていたか。彼自身大道具をやっているのだが、他の男子に比べてオシャレだな、とは思う。衣装とかそういうことも取り仕切っているし、元々の美的感覚がそうさせているのか。斎藤は軽くため息をついた。
「…南棟、二階の東から三番目の窓。」
「ひっ。」
 笹井は顔を真っ青にして立ち上がる。
「斎藤、風紀委員の仕事、頑張れよ。」
 斎藤はシレッと弁当を片付ける。もしかして、窓割ったの黙っててもらってるとか。いや、あり得るけど。


***
笹井 隆一・ささい りゅういち
演劇部、二年。

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