新学期早々、風紀委員会は校門で持ち物服装検査を行うらしい。だから、朝は生徒会室へいけないと斎藤から連絡があった。いや、抜き打ちなのだから俺に明かしたらダメだろ、と思ったのだが、斎藤が言ってきたのだから黙っておく。
風紀委員は朝早い人が多い。8時半が始業だというのに、昨日仕上げた資料のチェックをしようと思って、7時に訪れたら校門前に既に風紀委員が集まっていた。その中に斎藤の姿もあった。常にぼんやりしているから、朝とか弱そうなイメージを持っていたが、欠伸もせずいつも通りだ。思ったよりも朝強いのかもしれない。

風紀委員は夏の制服に「風紀委員会」と書かれた赤い腕章をつけて、校門の前にいた。皆それぞれタオルなどで汗を拭きながら。水分補給もしながら、黒いバインダー片手に生徒を呼び止め、持ち物検査や服装検査をしている。朝からご苦労なものだ。
「おはよう。」
「あ、上内。おはよう。」
斎藤はバインダーを抱えて此方を見た。それから、頷く。
「鞄。」
相変わらず言葉数少ない。俺は用意された机の上に鞄を置いて、チャックを開く。いつも大きめのエナメルバッグを使っているけれど、今日は授業もないし生徒会関連のものしか持っていない。
「要らないモノ持って行く余裕もねえよ。」
「なんか朝なのに終電に乗るサラリーマンみたいだな。表情が。」
「逆になんでお前はそんないつも通りなの。」
「省エネモードは持続する。」
「なるほど。」
つまりは常に省エネモードだから疲れていないのかもしれない。よくわからない発言によくわからないテンションで頷く。と、そんな彼の隣に二年の風紀委員の池井和が立つ。斎藤よりも頭一つ分くらい小さい彼は、斎藤を思いっきり睨んだ。
「斎藤くん。無駄口叩かないでください。」
「喋れって言ったり、喋るなって言ったり。」
斎藤は息を吐く。それを見て池井は何か言おうとしてやめる。やっぱり斎藤風紀委員でいじめられてないか心配になってきた。
池井は此方を向く。
「で、新学期から本格的に文化祭準備を始めるのでしょう。大丈夫なんですか。生徒会は。」
「なんとかするよ。」
「ほう。それは期待しています。」
〈なんとかなる〉わけないから、〈なんとかする〉。風紀委員は真面目だから定期的に嫌味と共に重要なことを言ってくれるから有難い。お堅いからあんまり好きじゃないけど。
池井は腕組みをして、ため息をついた。いつも思うけど、なんか風紀委員って偉そうだ。池井は斎藤の腕章を握り、軽く引っ張る。
「折角監査しているんです。ちゃんと委員長に報告してくださいね。」
「あ、うん。」
斎藤はいつも通り静かに頷きながら言う。
「だから、斎藤くん。声張って下さい。」
「…喋れって言ったり、喋るなって言ったり。」
「それは時と場合によります。」
斎藤の立ち位置がよくわからないが、仲はいいらしい。


生徒会室は校門に近い。廊下の方の窓から、校門の持ち物服装検査の様子は容易に確認できた。生徒会室のカギを貰って、中で作業をしていると、暫くして田代も来る。特に呼んだわけではないのだが、彼女も始業式の前に確認しておきたいことがあったらしい。
特に何か言うでもなく、確認も終わり、そろそろ八時が来るのでお互い教室に行こうかと思ったくらい。
大体の生徒は今の時間に校門を通るのだろう。風紀委員は忙しそうに走り回っていた。そんな中、おそらくあれは、山下と池井だろう。生徒の前で何か怒鳴っている。
田代は鞄に筆箱を入れながら顔を上げる。

「何アレ。」
「さあ。…風紀委員に盾突いてるのかな。」
「よくやるよね。」
生徒会と風紀委員会は犬猿の仲だというが、いつも仲が悪いわけじゃない。そりゃ、去年の生徒会長と鎌田委員長は随分仲が悪くて、特に何もなくても張り合っていたらしいけど、俺や田代はそこまででもない。風紀委員が言うようにきちんと校則は守るし、それほど取り立てて問題行動も起こさないので、生徒会関連以外では特に何も言われない。生徒会の奴らもほとんどそうで、基本的に怒られているのと言えば、現生徒会長の岩崎晶くらいだろう。
…ん、岩崎? 
何か思い当たることがある。今日岩崎を放課後なんとしても生徒会室へ連れて来て仕事をさせるつもりだ。それは田代も承知済み。だけど、朝は何も言っていない。そりゃ、連絡のメールはしているが、それ以外特には。
でも、先に風紀委員が岩崎に突っかかってたら。

「へえ、今の生徒会が風前の灯だってんのに、盾突くのかよ。」
「今までの態度でどうにかなると思ってるんですか、岩崎会長。」

山下と池井は結構声が通る。鍵を閉めようと廊下に出て、聞こえてきた。思わすカギを落として、振り向くと同じように田代も振り向いていた。
「……上内。」
「え、マジで。」
斎藤につっかっかかるのならいい。でも、お堅い風紀委員な山下と池井に突っかかるなんて。田代はニッコリと笑う。
「いやいや。聞き間違いだよ。まさか、岩崎じゃないでしょ。」
「だよな。」
そう思いつつも鍵を拾い上げて施錠してから、校門が見える窓にしがみ付いた。田代も同じように。

「はあ。特になんも違反してないのに、そんないちゃもんつけられる意味わかんねえんだけど。」

この太々しい声は間違いなく岩崎。俺と田代は絶句した。あのバカ今までの日常なら風紀委員の嫌味に嫌味で返してもまあなんとなかったけど、この状況でそれを言うか。俺は田代に鍵を握らせる。彼女が驚いて瞬きをしていたが、そんなことどうでもいい。早く止めないと厄介なことが起きそうで仕方ない。嫌な予感しかしない。
「田代それ、職員室へ返して来い。」
「え。」
「あのバカ止めてくる。」

それだけ言って、玄関へ走る。

「上内…。」
いつもの状態なら、風紀委員の嫌味、岩崎の嫌味、で終わっただろうが。生徒会に監査が入るという異常事態。確かに生徒会的には斎藤のお蔭で助かっているからそれほど危機感は沸かないけれど、風紀委員からしたら相当な異常事態と認識しているだろう。
そんな状態で、風紀委員はいつも通り岩崎に返すだろうか。んなはずねえだろ。
斎藤がなんと報告しているかわからないが、夏休みの間、一度も生徒会室に彼が顔を出さなかったことは伝わっているだろう。それくらいならいいやとも思っていた。過去にも大学の研修旅行に参加した先輩やオープンキャンパス、夏期講習などで夏休み中会長がいないことなんて結構あった。
ただ、遊びでってのは聞いたことがない。しかも、その間の仕事を他の二人に全面的に任せるって方向で始末をした会長もアイツくらいだろう。
そんなの見ていたらどんな人間もいい加減にしろよって思うだろう。況してや再三の勧告すら無視しているのだ。監査まで入れて、新学期になって反省しているのかと思ったら、いつもの太々しいまま。
いや、誰だって腹立つだろ。確か斎藤の仕事は山下と池井に振り分けられたって聞いたし。

「うっせーな。監査とか、なんで俺の知らねえ間に入れてんだ。」
「知らないんだ。そりゃ、一度も来ていなかったらしいしね。」
「お前らに関係ねえだろ。」

だから黙れ。これから取り戻せば、食券五枚奢らすだけで許してやるから。そう思って、岩崎の前に立つ。
「あ、上内。おい、監査ってどういうことだよ。」
「後で説明してやるから、今は取り敢えず謝っとけ。」
「はあ。なんで。…つーか、お前か、監査許したの。」
コイツは風紀委員の監査が腹立たしいらしい。風紀委員としては手伝ってやってるくらいの気持ちだったのかもしれない。監査が来てから、向こうからしたら仕事がスムーズに進んでいるからな。斎藤の仕事量は知らないだろうが。
「あのな。元々お前が連絡したのに返事もしないからだろ。」
「ああ連絡。うっとおしいくらいにしやがって。」
面倒臭そうに此方を睨む彼に、頭の中でブチリと何かがキレた。イライラしている山下と池井や、それを見守る一般生徒の顔が見えたがそんなの関係ない。

思いっきり息を吸い込んで、吐き出す。

「うっとおしいじゃねえよこのバカが。自分勝手なことばっかりいいやがって!! 」
「…なんで怒鳴るんだよ。意味わかんねえよ。」
「意味わかんねえって本気で言ってんのか。何考えてんだお前。今の状況本気でわかってないだろ。」
「アタマが可笑しな、上内が勝手に怒鳴っている。」
「ああ、バカな岩崎クンは本気でバカだったってことか。」
「バカバカうるせえよ。」
岩崎も声を張り上げる。あのムカつく鼻柱を殴ってやろうか。
拳を握りしめた時、その手をそっと誰かが触れる。思いっきりそちらを睨みつけると、いつも通り冷やかな無表情な斎藤が此方を見ている。
「は。」
吸い込まれそうな黒い瞳には、凶悪なくらいに睨みつけている俺の顔が映っていた。彼は静かなハスキーな声で呟いた。
「殴るのはいけない。」
思わず黙る。それから、斎藤は岩崎を見上げる。俺の手首を掴み、岩崎の手首にも触れる。
「んだよ、斎藤。」
相変わらず怒気の籠った目と声な岩崎を斎藤は静かに見る。それから、山下と池井の方を見る。
「二人、借りる。」

「え、斎藤。」
「借りるってどういうことですか。」
ポカンとした山下と池井に斎藤はただ頷く。そして、俺と岩崎を掴んだまま走り出す。



「斎藤、え、何。」
「何この状況。」
斎藤に手を引かれながら俺と岩崎は走る。手を離そうとするが、意外にも握力は強いらしい。さっきまで怒っていたと言うのに今は素直に驚くしかない。俺も、岩崎も。
校門が見えなくなって、連れて来られたのは北棟の裏。ウチの高校の告白スポットとなっている場所に、一人の女子が立っていたが俺たち三人を見て、ギョッとして退散していた。あれって、呼び出し待ってたんじゃないか。
斎藤は周りを見て誰も居ないとわかると、手を離す。結構痛かったから俺も岩崎も自分の手首を押さえた。斎藤は振り向いて、腕時計を確認すると、相変わらず何を考えているかわからない表情で言う。
「岩崎。俺がさっき話してた風紀委員会の監査役だ。」
「は。」
何が言いたいんだ。岩崎の口から声が漏れた。走ったばかりで心臓がどくどくいっているが、先ほどの怒った時の鼓動とは少し違った。さっきと比べて少しだけ冷静に戻る。
「俺は鎌田先輩に、三つ。報告した。」
「何。」
少し怒った岩崎の声。ただ、俺と一緒で、さっきに比べて目は落ち着いている。ざわめきから遠い、静かな場所。木々の風で揺れる音が一番大きな音で、自然と自分の声も少し小さくなる。斎藤は頷く。
「一つ目は、俺が監査に入ってから生徒会には上内と田代しかいない。二つ目は、上内と田代は目標や一日のノルマを決めて仕事をしている。三つ目は、他の来ていないメンバーに関しては新学期になってから対応するということ。」
斎藤に仕事をさせていることや、岩崎たちが音信不通なことは言わなかったらしい。斎藤が三つと言ったらきっと本当に三つだろう。

岩崎はいつも通り上からな感じで腕を組んで、斎藤を見下ろす。
「で。お前は何をしろって言われてるんだ。鎌田の犬。」
「俺は猫派。」
「知らねえよ。」
斎藤ってどんな状況でもテンション変わんねえよな。自分よりも十センチも身長高い凶悪な表情の男に対してもいつも通りだ。俺も岩崎は慣れたけど、冷静になってきたらコイツは凶悪過ぎると気づく。
「委員長には別に何も言われてない。報告しろとだけ。」
「へえ。で。何。」
「…状況わかってないのか。」
困ったように眉を下げた斎藤に岩崎は眉間のシワを深める。

そっから、壁ドン。うわあ、日常生活で壁ドンしてる人初めて見た。というか、俺凄く冷静になった。斎藤は北棟の壁に背中を預けたまま岩崎を見上げる。岩崎はニヤリと笑った。
「何。お望みならば、お前を可愛がってやろうか。」
岩崎は凶悪な顔だが、イケメンだ。顔が整っている。そんなコイツが壁ドンしながらそんなことを言うと、どうにも官能的に聞こえる。だが相手は斎藤。
表情すら変えずに言う。
「そういうの要らない。」
それから、サラリと抜け出す。そして、岩崎の隣に立つ。岩崎も壁から手を放した。

「今の生徒会の問題、…岩崎は知らねえだろ。」
「聞きたくねえよ。どうせ、小姑みたいに細かいの言ってくんだろ。」
いや、俺も鎌田先輩は小姑みたいって思ったけど、お前は言うなよ。

「文化祭一か月前にしては仕事が遅いこと。」
「ほら、やっぱり。」
「生徒会長が新学期まで生徒会室に寄りついていないこと。」
「うるせえよ。んなことお前に関係ねえだろ。」
「…生徒会七人中二人しか働いてないこと。」
「他の奴のこと俺に言われたくない。」
斎藤は少しだけ眉間にシワをよせる。
「その五人誰一人が一度も生徒会室に行っていないこと。」
「一度もなわけねえだろ。」
誰か、向かってるだろうってか。俺以外がなんとかしているだろう、ってか。斎藤は岩崎の目を真っ直ぐ見た。
「その五人がみんな、一人の後輩に対して恋煩いをしていること。」
「お前に関係ねえだろ!! 」
岩崎は大声で叫ぶ。斎藤は相変わらず冷やかに言う。
「そして、それが、生徒会役員だと言うこと。」
「鎌田の犬の分際でうるせえんだよ!! 」


完全に頭に血を登らせた岩崎が斎藤の胸倉を掴む。表情一つ変わらない斎藤にまた眉間のシワをよせた岩崎は思いっきり引っ張る。このままじゃ殴りかねない。俺は思わず駆け寄る。
「要はお前を黙らせればいいってんだろ。わかったよ。望みは何だ。ん? それともお前が報告できないようにしてやろうか。」
「そういうことじゃない。別に恋煩いしててもいいけど、仕事はしろって言ってるんだ。」
「どうせ監査ってみてるだけなんだろ。代わりにお前がすればいいだろ。」
「あいにく俺は一人しかいないから、五人分はカバーできない。」
「他のヤツのことなんて知らねえよ。」

俺は斎藤と岩崎を引き離す。
「いい加減にしろよ。お前これだけ丁寧に説明されてわかんねえのか。」
その言葉に岩崎は俺を睨みつける。
「お前副会長の癖に、コイツの味方するのか。意味わかんねえ。」
「だから、味方とかそういうことじゃなくて。」
「俺に言う暇があったら他の四人連れ戻せよ。」
その言葉に俺は口を閉じる。なるほど、四人を連れ戻せばいいのか。素直に口を閉じた俺を見て、乱れたシャツを整えていた斎藤は瞬きをした。そんな俺たちに岩崎は不審に思いつつも言う。
「ああ。わかった。他の四人連れ戻したら、いいのか。」
「…はあ。やっぱ意味わかんねえ。お前絶対風紀委員に毒されてるって。」
コイツは自分が冷静なつもりなのだ。まあ、俺も自分が冷静なつもりだからお互いさまかもしれない。文化祭までの予定組み直しだけど、今のところギリギリではあるが遅れてはいない。
「言っとくけど、その監査がいなくなるまで戻る気ねえからな。なんで態々風紀委員の顔みなきゃなんねえんだよ。」
「…上内、俺帰った方がいいか。」
斎藤の言葉に俺は首を振る。
「今の岩崎が居るより、斎藤が居る方がだいぶマシ。」
岩崎はフッと笑う。
「ああ、なるほど。どおりでお前はその風紀委員を監査に入れたのね。」
「はあ。」
「物分かりいいフリして、上内誑し込んだのか。斎藤だっけ。意外とビッチだな。」
…コイツ、バカだ。
いや、お前じゃねえんだし、俺ホモではねえわ。ジト目で岩崎を見ると彼は妙に余裕そうに鼻で笑う。いや、お前確かにイケメンだから絵にはなってるけど…勘違いだからな。

ふとチラリと隣に居る斎藤を見ると、彼は死ぬほど不満げな表情で岩崎を睨む。さっき怒鳴られたときも変わらない無表情だったのに。顔の明度がだいぶ低くなってるし、眉間のシワ半端ないし、今までのぼんやり顔が忘れてしまうほど、凶悪な睨み顔。全身から不満を表す。
「そういうのが一番ウザい。怠い。うっとおしい。お前がホモだからホモって思うな。」
うわあ。今までの掠れ気味のか細い声とは違う。確かにハスキーだけどこれだけ低く静かな怒気の籠った声、斎藤も出せるんだ。と俺が現実逃避したくなるくらい。
岩崎はピクリと肩を揺らした。斎藤は静かに自分の腕時計を確認する。
「さあ、ホームルームが始まる。教室戻るぞ。」
「……ああ。」
「おう。」
驚きつつ俺と岩崎は答えた。

とにかく、俺が思った以上に岩崎はあの後輩に固執していて、思った以上に単純な話ではなかった。そして、風紀委員も本気で生徒会を潰すつもりなのだが、斎藤のお蔭でなんとか保たれているということ。

実は今の生徒会、本当に、風前の灯なのかもしれない。

***
池井 和・いけい かず
風紀委員、二年。

岩崎 晶・いわさき あきら
生徒会会長、二年。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。