新聞部の橋本由紀奈は陽気に笑う。
「幸永くんか…ノンケをホモにする天才だねえ。」
「は。」
俺と田代はポカンとする。反応は薄いが、斎藤も驚いているらしい。橋本由紀奈は二年で新聞部の部長。田代と仲が良く、生徒会の情報が欲しいからと言って俺とも気さくに話してくれる。生徒の情報が欲しかったら大体彼女に聞くといいというのが、うちの学校では有名だ。なんとも恋愛ゲームのお助けキャラ的ポジション。
「幸永くんに惚れた男子は私が確認するだけでも四十四人。一クラスできちゃうね。いや、サッカートーナメントの方が凄さわかるかな。準決勝と決勝が出来る。……でー。見た目は知ってる通り、男の娘。あ、男の娘っておとこのむすめって書くやつだよ。とにかく可愛い男の子。普通に男子だと思って話してたら、どうにも可愛い姿にやられるらしいよ。可愛いとは思うけど、私はわかんないんだけどねえ。」
「はあ。」
「あと明るいからねえ。元気だし明るいし、人の話を聞くのも上手い。同じ、話を聞くのが上手い斎藤くんとは大違い。」
斎藤を見て橋本はあ、と声をあげた。
「違った。斎藤くんもノンケをホモにしたこと何回もあったっけえ。」
彼女の言葉に田代と俺は斎藤と橋本を見比べる。と、斎藤は思いっきり彼女を睨みつける。
「余計なこと言わなくていいから。」
「あはは。流石斎藤くんのトラウマだねえ。」
「わかってるなら、そういうこと言うな。」
楽しそうな橋本に、不機嫌丸だしな斎藤。彼女は彼とは合わないらしい。
「斎藤くんなんかとは違って、断るの、苦手っぽいんだよね。本人は友達が欲しいって嘆いている。」
「へえ。」
なんだ。男侍らせて喜んでいるのかと思ったが、そうではないらしい。恋愛ゲームの主人公とは違ったみたいだ。それを聞いて少し安心する。橋本はそうだね、と唇に人差し指を当てた。
「友達は同じクラスで幼馴染の才川唯花ちゃんしかいないっぽいね。本人は男の子の友達、欲しいみたいだけど。」
「苦労してるんだね。」
確かに。それから橋本はいい笑顔で斎藤の方を向いた。
「斎藤くんが友達になってあげればいいじゃないか。似たような境遇だし、気が合うんじゃないかな。」
斎藤は彼女の頭を思いっきり叩いた。俺には手を出すなと言っておきながら、暴力的じゃないか。不機嫌そうな斎藤を見て、俺と田代はため息をつく。
「由紀奈。そんな斎藤弄らないで。…で、協力してくれそうかな。」
「んー。大丈夫じゃないかな。本人頑張り屋だし、自分のせいで岩崎くんたちが仕事してないって知ったら、なんとかしようと思うでしょ。」
「そっか。よかった。」
田代は胸をなでおろす。

初めからこの手を使えばよかったじゃないか。チラリと斎藤を見ると橋本を凶悪な目で睨みつけている。彼も、このことに気付いていれば早く言ってくれればいいのに。…まあ、彼も風紀委員。そういうのは俺たちで気付くべきだったのだろうが。


 ただ、困ったことに、幸永の周りは四十四人の壁があるんのだ。もう完全に箱入り娘的なあれだ。なんだあれ。もう何度も見ているけどカルト集団じゃん。アイツ、教祖様になったら多分すげえことになる。日本がやべえことになりそうだ。具体的に何をするか知らないけど。すると、斎藤はそんな彼らを見てあ、と声を出す。俺と田代が彼を見ると首を振る。
「なんでもないから、気にしないで。」
「いや、言えよ。気になるから。」
「え……。」
「斎藤、言って。」
 田代の言葉に彼は下を向く。疲れたような表情。負のオーラ纏ってる時の斎藤って結構感情豊か。
「あれ。」
 指の先には一人の男子。あれも幸永の信者だろう。
「…一年の時、俺に告白してきたヤツ。」
「なぬ。失恋の痛みを幸永くんで晴らす、と。」
「なるほど。アイツの初めては斎藤だったか。」
「失恋とか初めてとか言うな。」
 田代は叩かないのに俺は叩くって勘弁してほしい。いや、加減されてるだろうけど、隣で呪い掛けられてるんじゃね、って疑問に思うほど睨まないで欲しい。というか、岩崎と話してる時も橋本と話してる時も思ったけど、それほどトラウマが嫌だったのか。
 俺はあっと気付く。
「一人ずつ斎藤に惚れさせれば、最終的に幸永に辿りつくんじゃね。名付けて掃除機作戦。」
「いや、三国志とかそういう感じっぽくもある。」
「協力しないぞマジで。」
「ごめんって、斎藤。」
「冗談だって斎藤。」
 このまま弄りすぎたら黙りこくってしまいそう、と言ったほどブルーなオーラを背負っている。田代と俺はわざとらしく両手で口を塞いで見せた。

 さて、本気でどうするか考えなくちゃいけない。田代は持っていた書類をペラペラと捲る。
「あ、幸永くん文化祭実行委員だね。だったら、話しかける口実はある。」
「そうか。書類について質問が…とか言ったらいいのか。」
「じゃあ、上内くん行って来て。」
「アイツ今男見飽きてるだろ。田代行って来い。」
「よし、じゃんけんしよう。」
 拳を構えた田代に俺も頷く。死んだ目の斎藤はそれを見守る。田代は言う。
「じゃあ、今度は勝った方が話しかける。一回勝負。勿論最初はグー。」
「オーケイわかった。」
 拳を光にかざしたり、指と指の隙間に見える光に目を細めたり。そんな姿の俺たちを見て、斎藤はますますバカじゃねえの、みたいな目で此方を見る。
それから、俺と田代は目をカッと見開く。
「最初はグー。」
「じゃんけん。」
「ぽん。」

 力の入ったじゃんけん。


 結論から言うと、勝ってしまった。勝ったのにこの屈辱。まただ。なんか最近俺には勝利の女神は微笑まないらしい。いや、ある意味微笑んだけどさ。なんか負けているから。嬉しそうな田代と死んだような目の斎藤を見て、俺は両手で顔を覆う。
「もし、俺が幸永の信者になっちゃったときは、殴っていいから目覚めさせてくれ。」
 そう言うと、二人は敬礼をする。俺も同じように敬礼した。
「いってきます。」

 幸永のハーレムエンドの最後のキャラクター、生徒会副会長上内十草。難易度マックスだと思うから、絶対落ちない。そう心に思って、びくびくしながらサッカーチーム四チーム分の人だかりに向かって歩き出す。
 俺は副会長の上内十草だ。何回も場数は踏んでいるし、大丈夫。俺はやれる。
 と思ったら、幸永が人だかりの隙間からひょっこり顔を出して、此方を見た。思ったよりも早く目が合う。なんというか小動物みたいな彼は俺を見てニッコリと微笑む。なるほど、確かに可愛いけど、俺の好みじゃない。俺は綺麗系が好きなんだ。
「上内先輩、ですよね。」
 なんで名前知ってるんだろう。いや、俺生徒会副会長だから知らない人に知られていることも多々ある。それほど驚かない。俺は頷く。
「そうだけど。」
「あ、テメエ、上内。なんで来た。」
 岩崎がなんか言っているけど知ったことではない。幸永は岩崎を気にしながら言う。
「ぼ、僕、上内先輩に憧れてて。お会いできて光栄です。」
 斎藤なら今の瞬間「面倒臭い」とか「怠い」とか言っているだろう。俺も気持ちが理解できた。周りの信者の目が痛い。多分今俺の顔死んでる。けど、目の前の小動物・幸永昭一郎は目をキラキラ輝かせている。
「はあ。」
「あ、あの。今お時間大丈夫ですか。」
「そうでもないです。」
「そ、そうですか。ごめんなさい。」
 しょんぼりした幸永の肩を抱き寄せて岩崎は文句を言う。
「オイ、昭一郎がこんな顔してんのに、お前無視すんのか、冷たい男だな。」
「俺、冷たい男でいいから、帰っていいか。」
「帰れ帰れ。」
 岩崎はシッシと俺を追い払う動作をする。それを見て、幸永はあからさまに泣きそうになる。
「か、帰っちゃうんですか。」
 ウルリと目が輝く。少女漫画のキャラクターの目が大きいと言う人が居るが、それに似たような人物がこの世には存在するらしい。それを見て岩崎はハッとして、また俺の方を見た。
「待て。上内ステイ。」
「おい、……岩崎お前殴っていいか。今斎藤居るし、多分俺退学にならないし。」
 うん。今殴ったとしても斎藤なら許してくれるだろう。いろいろ根回ししてくれるだろう。大丈夫。アイツも俺を叩いたんだからフォローしてくれるはず。だから、殴らせろ。
「は、斎藤。」
 岩崎はポツリと呟く。と、その声を聞いて、幸永はまた目を見開く。目、デカ。
「さ、斎藤先輩も来てるんですか。」
 あ。これは斎藤も巻き込もう。そう思い振り向くと、逃げだそうとする斎藤の手首を田代が掴んでいた。不機嫌を全身で体現するし、威嚇する猫みたいな彼の首根っこを掴んで、此方に引っ張ってくる。ずるずると引きずられる彼は小声で「関わりたくない。」だの「怠過ぎる。」と言っている。
 幸永の前に彼をおくと、岩崎の手を取り、斎藤の手首を掴ませる。
「上内。なにこれ。」
「ほっとくと逃げるから、それ。じゃあ。」
 斎藤に任せればなんとかなるだろう。そう思い、俺が歩き出そうとしたら、斎藤に手首を掴まれていて、前に進めない。無駄な攻防をやめて、俺は普通に立つ。

 つーか、橋本の話ではキャラ攻略は不本意だって言ってたじゃんか。なのになんか、妙に俺や斎藤には目を輝かせてるぞ。なんなんだこれ。別に岩崎に嫉妬されてるとかいらないから。そんな設定らないし、優越感も何もない。寧ろ岩崎の目線が凶悪過ぎて嫌になってくる。
 斎藤はむくりと起き上がる。
「幸永昭一郎。」
「僕の名前、知っていたんですか。嬉しいです、斎藤さん。」
「お前、カルト教団の教祖様みたいで、怖い。」

 あの。斎藤さん。なんでそこまでストレートに言うかな。ふと斎藤の顔を見るともうストレスのピークと言った表情。あ、俺らが弄り過ぎた。トラウマに放り込んだのが間違いだったか。
 笑顔が固まる幸永、話を聞いていた岩崎を始めとした生徒会役員たち信者も固まる。それを見て斎藤は静かに目を閉じた。

「お前のせいで生徒会役員が礼拝に呼ばれ文化祭準備が滞る。何故か風紀委員の俺も手伝わされるし、鎌田委員長に虚偽報告しろって上内に脅されるし、田代と新聞部部長にはトラウマひっかきまわしてくるし、踏んだり蹴ったりだ。…お前が言えばコイツラ働くだろうから、なんとか言え、一年。」

 あら。斎藤くんってば、ストレート。
 目に涙を溜め、きらりと光った。あ、零れる。そう思った途端、大きな目から涙が零れた。斎藤は面倒臭そうに言う。
「上内、生徒会室に戻るぞ。」
「え。」

 斎藤は俺の手首を掴む。それから強引に引っ張った。
 男らしいもので、ノンケをホモにしてしまい何度も告白されたとショックを受けていた先ほどとは比べて、随分ぶっきらぼう。言葉数少なく不満が募ると黙るという性質からは想像できないほどに、清々しい。繊細な癖に、変なところで行動力がある。

 前を歩く彼は、とても不機嫌だ。余りいつものぼんやりしている姿とは違った。


 何考えているかわからない。でも、慰めてやろう。頭を撫でようと手を伸ばすと、ナチュラルに避けられた。あ、コイツ避けた。

***
橋本 由紀奈・はしもと ゆきな
新聞部、二年。

幸永 昭一郎・ゆきなが しょういちろう
生物部、一年。
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